頭サビ9割

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〜自分と向き合う時間〜

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楽しむときに捨てるもの

soccer game

・「仕事は楽しいか?」と聞かれたら、ぼくは「はい」と答えるだろう。しかし楽しもうとは思っていない。 この意味がわかりますか?

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ひとが楽しもうとするなら、どうしても楽になったほうが良いと思う。真剣にならず、あまり無理しないで、ありのまま、なすがままに。真剣になってしまうと、楽しもうとする意識が薄れる。ぼくは楽しむ意識と、真剣になる意識というのが対である気がしている。

真剣に取り組んで、楽しいときもある。しかしそれは”結果的に楽しい”のであって、楽しもうとした結果ではない。たとえば日豪戦のサッカーの試合があって、出場する選手は「真剣になりながら楽しもう」とするのは無理だと思う。遊びのサッカーであっても、楽しもうとするなら真剣にならないほうが良い。 

楽しむ時、そこに意味はなく、未来もない。それをやったから成長できるわけでも、社会の役に立つだけでもない。人の評価もない。ただ楽しいという湧き上がる気持ちがあるだけで、行為が終われば消えてしまう。楽しむ力がある人は無意味、無作為であることが気にならない。楽しめない人は無意味無作為が許せない。その時間が無駄に感じられる。

期待、成長、発展、貢献、意味、役割、計画、戦略、価値などは通常重要なものだけれど、楽しむ時はこれらを一斉に捨てなければならない。この手放し方がうまい人間が楽しむことができる人間だと私は思う。

 「仕事は楽しいか?」と聞かれたら、ぼくは「はい」と答えるだろう。しかし楽しもうとは思っていない。 この意味がわかりますよね。

 

今日も「頭サビ9割」に来てくださって、ありがとうございました。