頭サビ9割

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〜自分と向き合う時間〜

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何者にもならない

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「はたらくこと」を考えると、自然に自分の”存在意義”も考えてしまう。それは「なぜ生きているのか?」という哲学的なものでは決してなく、「今、自分は何者か?」という比較的ライトなものである。そういえば少し前に『何者』という本が流行った。あれも就職活動を切り口に「はたらくこと」と「自分の在り方」を結びつけている。

「はたらくこと」は分かりやすい社会への参入である。またお金をもらうのだから、その対価としての”存在価値”を社会において発揮せざる得ない。そうして次第に社会の一員として自覚が生まれていく。何者かを明らめようとする行為は、働くことで切り開かれた社会での相対的なポジションを知る行為なのだろう。

とはいえ仕事を始めたばかりの今、自分は何者でもない。何者かを考えたところで、無駄だとも思える。そしてまた、何者でもないことは何者にもなれる可能性があることだ。だから悲しいのは、仕事が少しうまくいきはじめて「自分は営業マン」だとか「マーケター」と決めつけてしまうことだと感じる。

知らないからこそできる、自分が何者でもないからこそ強いという十代、二十代のころのエネルギーと違い、ある程度大人になってからこういうことを考えるのはコストもかかるしリスクも大きい。

何者かになってしまうと、得意とする分野での安定的な活躍は見込めるが、専門外のところに滅法弱くなるんだろうな。ただワークライフバランスを考えると「できること」を増やし続けるはたらきかたが「正」ではない。いつのタイミングかで何者かになり、ガラッと「はたらくこと」の捉え方を変えるつもりだ。

今はというと、何者でもない特権を活かし、エネルギーのあるままに挑戦しよう。口で言うのは楽だけど、行動すると大変だけどね。だから、何者にもならない。

 

今日も「頭サビ9割」に来てくださって、ありがとうございました。