頭サビ9割

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〜自分と向き合う時間〜

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「With 理不尽」時代のための学生生活

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・地元に帰って、こんなことを思い出した。

高校生のとき所属していたテニス部では、入部からはじめの2ヶ月間「ランニングしかしない」という謎の伝統があった。ラケットには、触れてはいけない。ただ走り続けるだけの日々は、絶望だったなあ。テニスできるのかなってね。

たぶん「ランニングだけ」というメニューに合理的な理由があれば、そこまで絶望しなかったと思うんです。しかし全く説明がなかった。「伝統だから」という理由が、誰かが声高々に言っているわけでもなく、浸透しきっている。

"新入部員が入り、保有するコートの割に部員の数が多くなった。だから辛いことをさせて、辞めさせたいんです。3年生が引退するまでは、ランニングのみでしょう。それでもテニスをしたいひとは、がんばってください。"

そんな理由でもいいかもしれない。おそらく、本音ではそうなのだ。じゃあ、この2ヶ月間、踏ん張ったらテニスできるんでしょう!みんなでがんばろうぜ!って言いあえたのに。明言されないから、モヤモヤしていた。

地元にいた高校まででは、「理由が分からなかったり、目的が見えなかったりすること」が多々あった。反抗期には、そんなことがきっかけとなり「大人への反発」として、自分を止められなくなるひともいるんじゃないか。

要するに、理不尽なことが昔はいっぱいということ。そして昔の自分は、理不尽なことにずっと怯えてた。なぜなら無理を強いるひとは、自分より強い権力を持っている。抗うにもスキルが必要だけど、そのスキルがなかったからだ。

いまは、理不尽なことにも正面から戦うスキルがついた。あらゆる出来事への一般知識、なにがマトモかを捉える理性。スキルだけでなく、ハラスメントとして訴えやすいソーシャルネットワークという環境も整っている。

それでも理不尽なことを言うヤツの堂々とした姿は、変わらず恐怖だ。スキルがついたとはいえ、戦えないこともある。だから社会に出ても、理不尽なことはいっぱい残ってしまう。ウイルスみたいに「なくならない」と思ったほうがよい。

働く会社によっては合理性が高いところもあるので、そこまで「理不尽」を感じない。だから理不尽がイヤなら、それなりの会社を選べばよい。とはいえ生活では、ふとしたときに理不尽がやってくる。いきなりフラれるとかね。

だからやっぱり「With 理不尽」時代だと思うし、理不尽なの耐性は身につけておいたらいい。学生時代って、そのための絶好の機会だった気がするなあ。

 

今日も「頭サビ9割」に来てくださって、ありがとうございました。