頭サビ9割

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〜自分と向き合う時間〜

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話を聞くときに感じる「どうでもよさ」は大切。

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・ねえねえ、話きいてよ!って、だれかが言った。ぼくは「うん、聞く!」って言ったよ。そのあとのやりとりで、ぼくはどう思ったんだろう。

地元に帰っている。それで、地元の友だちと会った。一緒にはたらく同期は、共通点が多いぶん、違うところに目がいくものだ。しかし、地元の友だちはちがう。カナダの大学を出たり、カメラマンやDJをやったり、はたまた就活をまだしたりする友だち。違うところが多いぶん、同じところがあるとうれしい。

そんな友だちから、ねえねえ、聞いてよ!と言われるときは、たいてい「自分には、どうにもできないこと」を聞かされることになる。理解しようにも、よくわからない。自分の立場では、納得させられるようなアドバイスができない。でも、それでいいんじゃないかなあ。ただ聞いてほしいときも、あるものだ。

ただ聞いてほしいだけなのに…アドバイスされると切なくなる。だから自分とは立場の遠い「分からなさそうなひと」に話す。逆に立場が近ければ、相手が"ジブンゴト"のように捉えてしまうことがある。つまり「こうしたほうがいんじゃないか」と、思いもよらない意見がやってきて、少し萎える自分がいる。

聞いた話を"ジブンゴト''に捉えてしまうと、それは客観的に見られていない。しかし客観的に見られるほうが、物事の全体感を把握して意見ができる。(全体感が掴めると、答えを導き出すプロセスの精度が上がるため、答えの質も向上すると思った。)そう思うと、客観的に話を聞くのは大切である。

その客観性を担保する上で「どうでもよい」と、テーマと話し手から一定の距離を保てているかどうか。言えば自分と対象となる物事を、切り離して考えること。まるで監視カメラに映る自分を「他人」のようにみるくらいの感覚で、心の奥に「どうでもよい」と思えることにより、客観性は生まれるのではないか。

だから話を聞くときに感じる「どうでもよい」という想いは悪いものじゃない。

 

今日も「頭サビ9割」に来てくださって、ありがとうございました。