頭サビ9割

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〜自分と向き合う時間〜

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「してあげるから、してほしい」からの卒業 #230

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・<これしてあげる代わりに、これして欲しいなあ>子どものとき、宿題とか、ノートを写させてもらうとか、のような条件付きのやりとりがあった。なにかをお願いするときは、なにかをしてあげるのが当たり前。親から無条件の愛を受けて来たからこそ、自分がなにかを「してあげる」側になるのが、気持ちよかったのかもしれない。でも「してあげる」だけだと子どもは満足できないから、条件つきのやりとりになる。

大学生の今、もう子どもとは言いにくい年齢になり、<これしてあげる代わりに、これして欲しいなあ>と言いにくくなった。見返りをもらおうとする姿勢が、ちょっとだけダサく感じるようになった。なにかを条件付きで与えてきて、次は無条件でなにかを「してあげる」ほうがいい、と思うようになったのかもしれない。NPOの学生団体に入るひとも、この時期から一気に増えるよね。

ほんとのことを言うと、無条件でなにかをしてあげるのは、ほとんどできていない。見返りを言葉にはしてないものの、求めている自分がいる。お金のような「形あるもの」とは言わなくても…お礼だとか、恩義だとかの「気持ち」をもらってもいいんじゃないか。もしかしたら「無条件」に見せかけて、がむしゃらに見返りを求めるようになったのかな。

それでも無条件のやりとりは、あったかくて、気持ちいい。猫を飼い始めて、はじめて無条件に愛を注ぐ存在ができた。ご飯をあげたり、目ヤニをとったり、トイレの掃除をしたり。ちょっと、めんどくさいこともある。でも見返りを期待しないからこそ、創出する”見返りのようなもの”に触れたとき、すごく幸せな気持ちになれる。今もこうして一緒に日向ぼっこしていても、そう思う。やっぱり、「無条件」のやりとりを増やしていきたいなあ。

 

今日も「頭サビ9割」に来てくださって、ありがとうございました。