頭サビ9割

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〜自分と向き合う時間〜

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「なくてはならないもの」としての、家 #227

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・年をとると、見た目が老いていきます。見た目が老いてくるというのは、肌質が悪くなったり、皮膚にたるみやシミなどができたりすることです。だから、見た目が老いてくる以上は、整えようとする努力をしたほうがいいわけです。そうじゃないと、どうしても若いときより汚らしく見えてしまいます。つまり、清潔であろうとする努力です。ぼくは、「清潔感というのは家みたいだ」と感じています。「なくてはならないもの」としての、家。ないことを想像するのは難しく、ないならば精神も不安定になるはずです。思えば、清潔感を保った状態だと、生きている「わたし」も安定する気がしていて、その点は家と同じではないでしょうか。

そして、「なくてはならないもの」という表現から、身の回りのどのようなものが、それに当てはまるかを考えました。抽象的なので、多角度からカテゴライズできます。生理的な視点では「清潔感」ですけど、社会的には「家族」や「友人」の存在、人によっては自己実現的に「夢」がなくてはならないと思うかもしれません。むろん、ひとは生きる中で、必要なものを次々と取捨選択します。だから「なくてはならないもの」なんて無い、というひともいるでしょう。しかし、そういう極地的な思考のひともいつつも…精神を安定させるために、頼りになる存在があるのは、自然なことだと思うのです。

ぼくは、「好奇心」というのも、家みたいに感じています。若い頃は「自分はなんでもできる」と多くの人が思っています。それを、自惚れというわけですが、30歳くらいで周りをみれば下の世代ばかり、という状況になると、求められるものが格段と上がります。そんなとき「自分は意外となんにも出来ない」と感じる瞬間がくるそうです。その状況で、なくてはならないのが「好奇心」ではないでしょうか。いわば、狭かった世界(視野)を広くして、自惚れないように努めるのです。自惚れている段階ではない、と。そして「知らないことを、知る」ことが大切であるなら、好奇心は、清潔感と同じように「家」であるのです。

 

今日も「頭サビ9割」に来てくださって、ありがとうございました。