頭サビ9割

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〜自分と向き合う時間〜

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合理的でないより合理的?

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・神無月に、ぼくは、こんなふうなことを書いた。<「合理的でないより合理的」という考えに合意できないひとと、一緒にいないほうが良い>と。これは僕の尊敬するひとが、たまに言うことばだ。たまにだが、本人はずっとそう思っているにちがいない。果たして、じぶんはどうなのだろう。

たとえば、こんなことはないだろうか。なにか、決めごとをするとしよう。その場にはあなた以外にも、たくさんいる。多数決する前に、一人ひとりが自分の考えを意見する。それらを踏まえて、ひとつの答えを出す。こんなときに「理由はないけど、こっちがいい」なんて意見があったり、「気に食わないから、その考えには賛成できない」なんて意見があったら。きっとみんなが納得して、ひとつの答えを出すのはむつかしくなる。つまり、みんなで生きる営みには「合理的でないより、合理的である」ことが求められる。

ただし、こうやってコトバにすると、なんだか冷たく感じまでしまう。合理的なほうがいいけど・・・と、ある種のメンタルブロックが存在する。なぜかというと、僕たちには感情があるからだ。合理性は、ときに感情を否定する。「僕はこうしたい」という意見に対し、合理的かの勘定によって、切り捨てることもできる。だから効率、利益、生産性…といった「合理」と相性の良いことばは、ときに僕らをしんどくさせる。それは、合理的なひとさえも。

このコトバには「ことば」が足りないのかもしれない。ここに、<バランスが大切だよ>なんて、添えてみませんか。息抜きとして、非合理な営みが活きる。今の時代、企業でさえ合理100%の考えは否定されつつあるんだからね。

 

今日も「頭サビ9割」に来てくださって、ありがとうございました。