頭サビ9割

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〜自分と向き合う時間〜

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自分なりの幸せを見つける才能 #200

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M1グランプリの興奮冷めやらぬ中ですが、今日もつらつらと書いていきます。

毎日投稿し始めてから、200記事目になりました。せっかくなので、200記事を振り返ろうかと思いましたが、今日は「幸せ」について書いていきます。

幸せを考えるようになったのは、ここ最近です。就職活動に、本腰を入れ始めてからだった気がします。就職活動を「大企業に入るための活動期間」だと捉えれば、そこまでなのですが、僕はもっと広く「人生を見つめ直す期間」だと思っていました。

もう「大企業に入れば安泰」というわけではないですし、ネームバリューに引っ張られることなく、企業を選ぶ必要があります。その上で、僕は「自分がしたいこと」を真剣に考えていました。つまるところ、これが人生を見つめ直すことになったのです。

「自分がしたいこと」というのは、自分だけを見て、出るもんじゃない気がします。「他の人がどんなことを思っているか?」をふまえ、相対化することで見えてくるんです。だから、いろんな人と話をしましたし、いろんなエッセイを読みました。

特にエッセイでは「日本ロックの元祖」である矢沢永吉さんが、次のようにされていたお話、言葉の一つひとつが印象に残っています。

俺も、もうこの歳だから、いろんな生き方を見てるし、いろんな生き方があっていいと思う。でもね、ただひとつだけ、僕が思うこと。これは、ただの僕のポリシー、僕の持論だと思って聞いてほしい。僕はこういう人間だからという意味であえて言うけど、「それを絶対あとで、人のせいにしちゃダメだよ」と言うのは、言っておきたい。あとで、国のせいにしたり、まわりのせいにしたり。わかる?

やはり「自分がしたいことをする」のは、自己責任なのです。「自己責任でも、したいと思えること」をすべき。このマインドでフィルターを通すと「したいこと」が一気に減ったんです。

それだけでなく、幸せというのも、自己責任だと思ったんです。幸せになるためには、自分が我慢をすべきことがあるだろうし、周りを傷つけることがあると思います。それでも、その「幸せ」を掴みたいか?幸せは人に決められるものではなく、自分で決めて、自分で責任を持つものだと感じました。

仲の良い友人に、ずっと幸せそうにしている人がいます。その友人は、自己肯定感が高く、自分なりの幸せを見つけるのが上手です。でも、それでいいのです。

ネットの中にいると、向上心を持って成り上がることが幸せ、という錯覚に陥りますが、現状に満足して不自由なく生活する幸せも、きっとあるのです。そして、両者に優劣はないはず。そう信じています。

改めて、僕たちが見つけるべきなのは、自分の物差しで心から測った幸せではないでしょうか。そして、自分なりの幸せを見つける才能がなければ、その力をつけていくしかないのです。

 

今日も「頭サビ9割」に来てくださって、ありがとうございました。