頭サビ9割

頭サビ9割

〜自分と向き合う時間〜

3つのコンテンツ

子どもの頃に傷つきやすい理由 #136

f:id:noad2203:20191019224941j:plain

インターンをしていたときに
「伝えるべきだ!」と
思ったことがいくつかある。
”大きな声であいさつをする”
”興味を持って話をきく”
”「でも」を使わない”

当たり前のことだけど、
これが意外とむつかしい。
社会人生活が長いひとほど、
「当たり前だったはずのこと」
ができなかったりする。

特に3つ目の
「でも」を使わないことは、
かなりむつかしい。

なぜ「でも!」と
言ってしまうかといえば、
自分のことを理解してほしいからだ。
本来「しかし」、「ただ」
と言ったように
逆接を示す意味がある。

ただ現状として
「でも」のあとに続くのは
”主張”が多い。
よくある例では、
誰かの言ったことに対して、
「でも、私はこうだと思うんです、」と
返してしまうこと。

実のところで言えば、
この文脈だと
「でも」がなくても
意味が通ってしまう。
それで通じる文章なら、
逆接の意味として使えていない。
そう、思うんです。

ただ「自分の考え」を
押し付ける意味合いとしての、
自己承認のサイン。
相手からすれば、
自分の意見を否定されたように感じるので、
「でも」を使うのをやめようと伝えた。

***

この「デモ行進」のほかにも、
意外と否定されたと感じるのは、
驚かれたときだ。

真剣に考えたことを、伝えたときに
「えっ・・・?」
と返されたときには、どうだろう。
不安になるし、
考えが受け入れられなかった
と思ってしまう。

「驚く」ということが
ごく自然な行為だからこそ、
意図なく否定された気になる。
そのパワーは、
日常の「でも」よりも強烈かもしれない。

子どもの頃にひとが傷つきやすいのは、
何かにつけて友だちから驚かれるから?

 

今日も「頭サビ9割」に来てくださって、ありがとうございました。
ほんとうは、ジョンケージの『4分33秒』について書きたかった。