頭サビ9割

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〜自分と向き合う時間〜

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ナオキケーの弁明 #26

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就職活動中に、いくつかのインターンを経験した。
そのときに、エクセルのスキルは必要だと思ったので、
学校で受講できる、
エクセルの講座を受けることにした。

講座を受講すると、なぜか
エクセルの試験も受験するのが、暗黙の了解で、
試験に合格するために、
講座の最後のほうは模擬テストを繰り返す。

そんな講座も、今週が最後。
模擬テストも、少しずつ点数が上がってきた。
個人的には、満足なのだけど、
講師には不満のようで、
「点数、あんまり上がってないねー。」
と、悲しげにそっとつぶやいた。

こういうとき、みなさんって、どう思いますか?

他者から低い評価を受けて、
「なるほど、自分はこのクラスで、できないほうなんだ。」と分かる。
ぼくは、
「おれって、できない人間なんだなー」と思って、劣等感が生まれる。
わかりやすい例で言えば、就活の選考で落ちたときも、おんなじ想いだった。

***

そもそも劣等感は、
「よくないもの」として、扱われるけれど
劣等感は、モチベーションの1つだ。

「おれはできない人間なんだー」と
ショボくれた感情になりながらも、
「おれはできる人間なんだー!」と
激しい感情が心のそこにうずく。

この2つは矛盾しているように思えるけど、
決して矛盾していることなく、
両者は同時に存在すると、言い切りたい。

丁寧にいえば、
「できない人間だなあ」という現状把握を行いながら、
「できる人間なんだ!と、
あくまでそういうふうに
自分の未来に期待しているわけです。

だから、今回も劣等感が生まれたことによって、
エクセルの試験に対し、
モチベーションが生まれている。

「自分はできない人間だ」という感覚はすごく大事で、
できないことをわかっている人間しか、
できるようになれないと言ってもいい。

ソクラテスの弁明の
無知の知
のようなことで、
ナオキケーの弁明、
「無出来の出来」
みたいなことを、言いたかったです。
ゴロが悪いけど、そんな感じで。

 

今日も「頭サビ9割」に来てくださって、ありがとうございました。
「無出来の出来」が一発変換されるよう、普及活動にいそしみましょう。