頭サビ9割

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〜自分と向き合う時間〜

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正しさを超える「答え」#15

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プロフェッショナル仕事の流儀をみた。Dancyuというグルメ雑誌で、編集長をしている植野広生さんに密着した回。

心が動いたのは、後半にかけての部分。表紙となる写真を選定する場面で、もともと予定していた写真にグッとこない。それでも締め切りまで時間がなく、その写真のままいくか、というところの葛藤が描かれた。

結局、植野さんは撮影した写真のなかから、新たに他の写真を選んだ。そのときに、

『結局 誰にも正解はわからないので 正解がわからない以上は 作っている段階で どっかで覚悟を決めなきゃいけないんですよ それが正しいかどうかとか 正解がどうかっていうのは 別の次元で たぶん読者も「あ なるほど」と思ってくれると思うんですよね 覚悟とか決意がにじみ出ている表現物っていうのは 』

植野さんは覚悟して、その写真を選んだ。おそらく、もともと選んでいた写真にはそれなりの根拠があって「表紙にふさわしい、正しい」と思ったはず。だからこそ、その正しさを超える「答え」を出すのは、心理的に大変だったと察する。

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一連のやりとりをみて、ぼくはインターンのときを思い出した。インターンをしていたとき、記事を書いていた。1番大変だったのが、タイトルと「アイキャッチ画像」と呼ばれる写真を選定すること。僕にとって、表紙みたいなものだ。

ぼくの”表紙作り”に置いてても、セオリーと呼ばれるような、過去の結果から「正しい」とされるものがあった。でも時折、それになぜか、満足できなくなる。

そのときに「なにが表紙としてふさわしいか」という答えのない問いに対して「ああだこうだ」と言いながら、考える。結局、自分が覚悟して「これだ!」と思う答えで結論づけた。それが読者に「伝わった」という確信はないけれど、伝わったんじゃないかと思える。

これは、まさしく「覚悟が伴った答え」が「正しさ」を超える瞬間だった。

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正しさを超える「答え」みたいなものは、たしかに「単に正しいこと」よりも響くと思う。日本を代表する編集長でも、四苦八苦しながら導き出そうとしていた。できるだけ覚悟はしたくない。疲れるから。だけど、しないといけないときは、覚悟から逃げない。決める。

あなたは覚悟、できますか?